mugi_image先の記事で、パン用小麦はパンのふくらみのもとになる「グルテン」というたんぱく質を多く含む「春まき」の小麦を使うのが常識であった、という事を書きました。

しかし、昭和60年代初期当時の北海道では、春まき小麦の主要品種であった「ハルユタカ」は収量が秋まき小麦品種に比べて低いだけではなく障害抵抗性(穂発芽、赤かび病など)に弱いため、作付面積は限定されていました。

一方、秋まき小麦は日本めん用の「チホクコムギ」もしくは「ホクシン」で、多収であることから作付面積が拡大したものの連作するケースが多くなり、病害の発生などの課題が見られるようになっていました。

そこで、ホクレンでは生産現場の健全な輪作体系の確立と需要の高いパン用原料の供給率を高めることを目的に、昭和63年より、多収で製パン性と障害抵抗性の優れるパン用春まき小麦の品種開発に取り組むこととしました。

品種開発を進める上には「材料」と「方法」が必要となります。「材料」は既存の国産品種に加え、カナダ・アメリカ品種を育種家から直接コンタクトすることで集めることができました。そして、「方法」ですが、ホクレンはその「戦略」として、当時の農業試験場では積極的に実施されていなかった「バイオテクノロジー」を導入することとしました。これにより、経験値の低さをカバーし、開発進捗の度合いも効率的に図ることを目指しました。

その結果、ハルユタカに比べて多収、製パン性が優れ、穂発芽や赤かび病などの障害抵抗性の優れる有望系統「HW1号」を開発しました。

有望系統が品種になるためには、多くのハードルがあります。品質評価もそのひとつです。
試験圃場の生産物が高品質になっても、実際の生産現場での栽培でそれが発揮できなければ意味がありません。そんな取り組みを始めた時、不運なことに春まき小麦にとって大問題となる収穫期の連続降雨という厳しい気象環境が続くことになったのです。

しかし、「塞翁が馬」ではありませんが、その不運とも思える厳しい環境が品種化への大きな力になりました。収穫期の厳しい環境がその後も続き、パン用春まき小麦の原料不足が続いたため、製粉会社から「有望な品種候補があるのであれば、評価する」との方針がだされたのです。その結果、「HW1号」は、「ハルユタカ」よりも製パン性が優れるとの評価を受けることになりました。(つづく)

【資料提供】
ホクレン農業協同組合連合会 池口正二郎 立石和弘

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